終活

母が終活していたことを知る

終活

親という尊い存在

父はしつけに厳しく、世間体をとても気にする人。

母は誰にでも優しく、一緒にいるだけで優しい気持ちになれる人。

そんな両親が僕は大好きだ。

過去にいろいろあったとしても、今こうして胸を張って好きだと言える。

両親が生きている内にこの気持ちになれたことは、とても幸せなことだと思う。

 

でも悲しいことに、二人は熟年離婚をした。

離婚してもう8年になる。

離婚の理由には触れないけど、今後二人が会うことは無いだろう。

二人が一緒にいるところをもう二度と見れないと思うとすごく切ないけど、離婚後の二人を見ていると、きっと離婚してよかったのだと思う。

それでも結婚して40年も一緒にいたんだ。

離婚したら「はい、終わり」では切なすぎる。

夫婦の縁が切れても親子の縁が切れるわけではないので、別々にだけど僕は今後も二人には会える。

迷惑かもしれないけど、世間話程度にお互いの近況は伝えていこうと思う。

母への想い

恥ずかしげも無く言う。僕は母が大好きだ。

そんな母も今年で73歳。でも73歳にはまるで見えない。

若々しくてお洒落にも美容にも気を遣う女性・・だ。

きっとこの好きという感情は、尊敬安らぎからくるんだと思う。

というのも、僕は母が他人の悪口を言っているのを聞いたことが無い。

母が何か見返りを求めて行動しているのを見たことが無い。

母の心はとても純粋で温かくて、一緒にいるだけで自分の心が浄化されていくように感じるんだ。

 

母は現在、他県で僕の姉の家族と一緒に暮らしている。

姉の家族も母をとても大事にしてくれている。

元気なうちにたくさん親孝行したいので、用事はなくても2ヵ月に一度はワイフを連れて会いに行っている。

ワイフも母を大好きだと言ってくれているのでとても嬉しい。

死と向き合う母

そんな感じで先日も会いに行ったのだが、その時母が不意に発した言葉に僕は衝撃を受けた。

この間、(姉の名)とお墓を見に行ったんだ。

 

それを聞いた瞬間、僕の心はざわついた。

急に変な汗が出て、焦ったように心臓がドキドキしたのを覚えている。

そしてある言葉を思い出す。

終活…

 

終活(しゅうかつ)とは「人生の終わりのための活動」の略で、人間が人生の最期を迎えるにあたって執る様々な準備やそこに向けた人生の総括を意味する言葉である。
出典:ウィキペディア

 

母の死…

それはいつか必ず訪れるもので、でもなるべく考えないように、できるだけ目を背けていたことだった。

 

え?・・・なんで?

そう返すのが精一杯だった。

 

(僕の名)や(姉の名)に迷惑はかけたくないしね。

そう言って笑顔を見せる母を僕は見れなかった。

そういえば、母はそういう人間だった。

他人へは惜しげもなく気を遣うのに、自分のことで誰かに迷惑をかけたくないと考える人。

その考えが生きている間のことだけでなく、死んだあとにまで及んでいたとは思わなかった。

 

お金も家族葬できるくらいは貯めてあるからね。

続けてそう言う母に、僕はもう耐えられなかった。

僕は母の死が怖い。父の死が怖い。

僕は自分に最も近しい人の死をまだ知らない。

 

ここ↓でも書いた死への恐怖。

僕の考える死後の世界に、僕の近しい人がまだ誰も行っていないという事も、僕が死を恐れる理由になっていると思う。

もちろん誰も行って欲しくないけど、逆に近しい人がほとんど死んでしまったのなら、この世界にいるよりも死後の世界へ行きたくなるのだろうか。

 

そういう話はいいよ。死んだ後のことくらい、僕たち子供に任せてよ…。

寂しかった。

親の葬式やお墓のことは、子供が親にしてあげられる最後の仕事だと勝手に思っていた。

生きている内にどんなに親孝行しても、満足なんてきっと無い。

そんな悔しさや無念さをひっくるめて、親への「感謝」を伝えられる大きな舞台が葬式やお墓だと思っていた。

だからそれらのことを、僕たちに迷惑をかけると思っていたことが寂しくて、それが母なりの優しさだと分かっていても悔しかった。

 

と同時に、姉に対してやるせない感情がこみ上げてきた。

(姉はどんなつもりで母に付き合ったんだ?)

そんなことを考えていると母が言った。

 

(姉の名)にもそう言われちゃった。最初は付き合ってくれたけど、次の時にはもういいって。死んだあとのことなんて考えなくていいよって。

良かった。きっと姉も僕と同じ想いだったんだ。

 

じゃあ(僕の名)たちにお任せしようかな。
でもね、四角くて大きなお墓っていうお墓は建ててくれなくていいからね。お母さんは膝くらいの丸い石に、これまでお世話になった人への感謝の気持ちを彫ってお墓にするつもりだったから。

なんて母らしいかわいいお墓だ。

そして最後の最後までお世話になった人への感謝を考えているなんて、すごく母らしい。

 

分かってるよ。四角い大きなお墓なんてお母さんらしくないし。そんなんじゃ僕だってそこにお母さんがいる気がしないよ。

自分はまだ生きているのに、自分の死をここまで考えているなんて…。

僕は母の死という恐怖から目を背けていたけど、母は既に自分の死と向き合えているんだ。

優しいのに、とても強い母だと思った。

 

あ、でもね、お墓の場所はもう決めてお金も払っちゃったんだ。おばあさんのお墓あるでしょ?あの上が空いてたの。

 

3年ほど前、祖母が永眠についた。

それをきっかけに母の実家では、お墓を以前の場所から新しい場所へ移したのだが、そのお寺がとてもすばらしい神秘的な場所にあったんだ。

母の実家は市町村合併しなければ未だに村だったほど田舎で、そのお寺は山奥にひっそりとある。

周りは自然にあふれ、湧き水が流れ、深い木々の間から零れ落ちる光はとても神々しく、まるでもののけ姫の世界に迷い込んだかのような雰囲気なんだ。

 

あの場所か。うん、いいね。あそこならきっとゆっくりできるね。
でもこの話はもう終わり。今は元気なんだから生きる話をしよう!

こうして母の終活の話は終わった。

最後に

後日、母がお墓にと買ったあの場所へ行ってみた。

なぜか分からないけど、無性に行きたくなったんだ。

母が土地を買ったお寺
母が土地を買ったお寺

 

人はいつか必ず死ぬ。

こんなにも静かな場所で死というものを考えていると、死は恐怖でなく安らぎなのかもしれないと思えてくるから不思議だ。

 

父よ。母よ。

あなた達への感謝を全て伝えることなんてできないだろうけど、精一杯親孝行させて下さい。

そしていつまでもお元気で!

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