白鳥親子

子供を作らないという選択

白鳥親子

当たり前って何?

あの人いくつ?35歳?結婚は?

あら~、してないんだ。
(かわいそうに)

  

あの夫婦お子さんいるの?

あら~、いないんだ。
(かわいそうに)

  

結婚していないと一人前の大人じゃない?

結婚したら子供を作るのが当たり前?

「結婚しない・子供がいない」は、その人間・家庭に問題があるとまで勘ぐられてしまう。

まるで結婚してて子供がいることが人として正解かのよう。

 

私たち夫婦はもう30代後半です。

現時点で子供はいないし、作ろうともしていません。

・・・一応言っておきますが、セックスレスとか、妻にさせてもらえないワケではないですからね!

私たちが子供を作らない理由

20代の頃は特に子供が欲しいとは思わず、自然な流れでデキたら産んでもいいかな程度に考えていました。

しかし30代になって、人生でいろいろなことを見聞する度に、以下の理由から逆に「子供は作らないようにしよう」と思うようになりました。

  • 今の生活を変えたくない
  • 犠牲が多すぎる
  • 苦労話の方が圧倒的に多い
  • 子供は人生を賭けたギャンブルだと思う
  • 煩わしい人付き合いを増やしたくない

今の生活を変えたくない

人生に訪れる様々な生活環境の変化を「刺激」と捉えれば聞こえはいいですが、私は波風のない平穏な人生を送りたいです。

今の生活はすごく裕福ってわけではありませんが、「不満・不安・寂しい」と思ったことはなく、つまりは毎日に満足して生きています。

今の生活がいつまでも続けばいい。今日みたいな1日が明日もくればいい。

このまま夫婦2人で、誰にも気兼ねなくのんびり好きなことをして生きていたい。

だから今の生活が、外部からの力で変化するのは仕方がないとしても、自分たちの行動によって変化させてしまうことは避けたい。

その意味では「子供ができる・家族が増える」という大きな変化を恐れています。

犠牲が多すぎる

そもそも犠牲・・という言葉が出ること自体、私たち夫婦は親になる資格すら無いと思っています。

『投資』は「支払<効果(影響)」
『消費』は「支払=効果(影響)」
『浪費』は「支払>効果(影響)」
出典:「投資」と「消費」と「浪費」の違いはなんですか?

ここでいう支払とは、子供がいることでそこに費やすお金や時間などを指します。

欲しいものへの支払は、自分たちにとって価値あるものなので「投資・消費」になります。

欲しくないものへの支払は、いわば無駄遣いであって「浪費」になります。

この考えからすると、子供が欲しいと思わない私たちにとって、子供に関わる支払は「浪費」です。

 

それでも「子供を持てば考え方も変わるから作ったほうがいいよ」と、肉親ならまだしも、同僚や知人程度の人が平気で言ってきます。

一般人の人生で最も大きな出費は「家を買う」ことと「子供を育てる」ことだと思います。

子供に生涯かかるお金は2000万円以上と言われています。

そんな大きな出来事を、責任も取れない他人に勧められると無性に腹が立ちます。

 

老後のため?子供がいないと寂しい?あとで欲しくなっても遅い?

老後のためを考えるなら子供云々より貯金します。

子供がいないと寂しいとか、万人に当てはまることのように言わないで欲しいし、むしろ子供がいないと寂しいと思うようなあなたの人生を憐れみます。

あとで欲しくなっても遅いなら、あとでいらなくなっても遅いですよね?

最近増えてきている虐待や育児放棄とか、大した考えもなく子供を持ってしまった親の末路だと思います。

苦労話の方が圧倒的に多い

友人や同僚が我が子の話をするとき、大抵が苦労話になります。

自分の時間が持てないとか、お金がかかるとか、また問題を起こしたとか。

その後に報われた話がくるのかと思えば、そのまま苦労話で終わって、最後は子供がいない私を羨ましがったりもします。

子供は子供の時期が大変であって、大人になれば親は報われるのかと思いきや、仕事もせずに家にいるとか、親の金をあてにしてくるとか、盆と正月以外はなんの音沙汰もないとか。

挙句には、子供のせいで夫婦仲が悪いとか、子供が小さいから離婚したくてもできないとか、、、子供を持つって一体何なのでしょう。

もちろん幸せな家庭もたくさんあるわけで、そんな人たちに囲まれていい話ばかり聞いていたら、私たちも子供を欲しがったのかもしれません。

でも私の耳に入る子持ちの実態は、圧倒的に不幸が多くてうんざりします。

子供は賭けだと思う

子供は育て方や環境によって性格も変わるだろうけど、それとは別に持って生まれた個性というか性根というか、「育て方ではどうしようもない何か」があると思います。

障害や病気を持って生まれてくる場合だってあるだろうし、妻はもうアラフォーなのでそのリスクも大きいです。

子供が自分の力で生きられないなら親が面倒をみるべきだし、子供が他人様に迷惑をかけたならそのケツも親が拭くべきです。

 

良い子に恵まれて幸せな親もいれば、子が他人を殺し、その遺族に一生を懸けて償う親もいます。

子供次第で親の人生も変わってしまうし、親が作る環境で子供の将来も変わります。

私はそんな明暗がはっきり分かれるような、(言い方が悪いけど)大きな賭けをする気にはとてもなれません。

煩わしい人付き合いを増やしたくない

子供と子供が勝手に遊んでそれで終わりならいいですが、もれなく付いてくるのが親同士の関係です。

自分の子供がお世話になれば相手の親に礼をするのは当然で、逆も然りです。

そういう「礼儀」に関わることを疎かにするつもりはありませんが、私が煩わしく思うのが親同士の交流を求めてくるケースです。

それが面倒だからって、子供の付き合いを制限するのはおかしいし、親同士の関係が悪くなったせいで子供が被害を被るのも可哀想。

これって仕事の人間関係よりも複雑で気を遣うのではないでしょうか?

仕事だけならまだしも、家庭内の事柄にまでこんな人間関係が付きまとうなんて、窮屈すぎて私にはとても耐えられそうにありません。

さいごに

「子孫を残すためにつがいになって子供を作る。」

これが動物として本来のあるべき姿なのかもしれません。

だからといって、結婚したから(特に理由もなく・当たり前のように)子供を作るというのは、ある種の洗脳というか、何か違う気がしています。

私も20代の頃は子供を作ることに何の疑問も抱かなかったし、むしろ周りが子供を作っていくことになぜか焦ったりもしました。

でも年を重ねるごとに子供がいる家庭の現状を見たり、子供がいることでのデメリットも見えたりして、躊躇する理由が増えていきました。

 

もうアラフォーの私たち夫婦は、子供を作るなら今が最後の分岐点でしょう。

ここが最後と夫婦で真剣に話し合った結果、私たちは子供は作らないと決めました。

そうなると、子供を立派に育て上げる責任も、子供に何かを残してあげる責任もないわけで・・・。

いざそう決めたらこの先の人生がすごく気楽に見えてきました。

だって私たち夫婦は、これからもお互いのことだけを大切に考えて、時間とお金も二人のためだけに使っていけばいいのだから。

 

白鳥のつがい

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